2010年10月20日水曜日

リレーブログその7

みなさんこんにちは。最後に現地入りした上田です。
試合結果が出た後なので、長文ですが、他の同行者とは少し毛色の違うメッセージをお送りします。

残念ながら、試合結果は、女性陣の中でただ一人、何も賞を貰えずに終わりました。
正直なところ、試合が終わって2日経ち、ようやく気持ちが落ち着いてきたところです。しばらくしたらまたいろんな感情が出てくるはずですが、この2~3日の感情の変化はとても印象的でした。今回の私の経験が、生活の中で多少の困難を感じている人に少しだけ共感と、ヒントになればと思います。

まず、試合終了直後は、私自身はとても満足でした。それは、試合の場で自分の最大限を尽くせたからです。「あの時の演武をもう一度しろ」といわれても多分できないのではと思うほど、現時点での最大限の持てる力を発揮した、満足いく演武でした。
というのは、勤務先で超繁忙期の今、上司に「遊びに行くなら不在中の分まで前倒しで終わらせてから行ってね」といわれ、この1ヶ月、意地になって3~4h睡眠で昼食もろくに取らずの生活。身体がへろへろになりながら毎朝毎晩、たった5分ずつ時間を決めて型の練習をするだけでした。
ようやく武当山の学校で先発隊に合流しましたが、型の稽古は一切つけてもらえず(!)、武術の歩き方の基本稽古と気功をあわせて1hほどしただけで学校を離れることに。本番まで結局、テクニックとしては普段の稽古で3週間前に稽古をつけてもらったきりで本番を迎えました。
そんな状況だったので、テクニック的には何のサポートも得られずちょっと不満を感じながら(笑)、集中していつもやっていることを最大限に発揮するしかなく、当日までに体調を戻すことに神経を使っていました。それでもなお、試合中、呼吸を乱すこと無く、気を感じながら武術であることも忘れずに演武ができたので、さわやかでした。

ブラックボックスは翌朝やってきました。自分に集中していた時は入ってこなかった余計な情報が次々入ってきます。例えば、私の周りでは他の女子メンバー全員が、現地で知り合いになった仲間に次々「金メダル」「銀メダル」「銅メダル」と紹介されます。
私以外にも入賞しなかった人がいたら違ったのでしょうが、私だけ何も無いので、いつしか「賞をとっていない=評価の対象にも立てていない」と思ったり、「私だって学校で稽古をつけてもらいたかったよ」とか、「なんで私が」とか、結果についての答えの無い自問モードに入ったりしました。試合の翌朝、朝食後、電話をくれた友人と話しながら、気づけば私は悔し泣きしていました。

もちろん、入賞したほかのメンバーに思いを吐露できなかった私もいけないのです。盛り上がっているメンバーを見たらなんとなく、話しても反応に困るだろうなと思って自分で思いを処理していました。そのため、その夜、男性で一人出場したガエルが、今まで見た中で最高のできだったにも拘わらず入賞できなかったのを見て理不尽に思い、抑えていた思いが出て自己管理しきれずに涙が止まらなくなりました。一晩たってようやく今、いろんなことが整理されつつあります。

今回、心から思いました。集中を切らして安心した時こそ、余計な情報に邪魔されて自分の基準が見えなくなる、自己管理できなくなる危険があるのですね。また、今回、出場したかったのに仕事の都合で参加できなかったメンバーも複数います。自分理由ではなく出場できなかっただけなので、このリレーブログを見ても、自分が出たらどうだったかとも、いろいろ思い巡らすのではと思います。
試合は試合、チャンスはチャンス。…と言葉で言うのは簡単です。でも実際には人の思いはそれぞれ複雑です。本当に、参加できたこと自体にまず感謝しないといけないでしょうし、今回出られなかった人に、次のチャンスをどうつなげられるかも、心に留めなければと思います。

だから、開会式の入場行進の際、「Riben(日本) Japan!」と呼ばれながら、プラカードのお姉さんに連れられて日本代表としてTVに映ったとき、今回参加できなかったメンバー、東京で応援してくれていた人たちを思い浮かべ、気持ちは一緒に行進しているつもりで観客に手を振っていました。みなさん、こちらから送っていた気は感じてくれましたか???

最後に。政治的、歴史的にはいろいろある両国の関係ですが、選手だろうが、通訳してくれている人だろうが、会場観客席で隣り合わせた一般人だろうが、出会う人みな「歴史的にはいろいろある。でも私たちは友だちだよ」と言ってくれています。私も、少しでも草の根レベルで交流ができるよう、日本人代表と思って市民同士での信頼関係作り、励んでます!!
今回、参加の機会をくれ、サポートしてくれているすべての人に感謝しつつ…。十堰市にて。  Mikiko

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